西東京稲門会・散策の会 例会報告 

2018年9月    巣鴨から板橋宿へ 

 

18 )  晴れ

 

    7月例会は猛暑のため中止したので、6月以来3か月ぶりの例会である。夏の暑さはないが、かなり蒸し暑い日であった。

 

    巣鴨駅の正面口を出て、国道17号(中山道)を横断して左へ行く。山手線の跨線橋を越えるとまもなく、ローソンの前に「徳川慶喜巣鴨屋敷跡地」の碑と説明板が立っている。それによると、慶喜は大政奉還後静岡で謹慎生活を送っていたが、1897年(明治30年)にここ巣鴨に移り住んだ。慶喜61歳であった。ところが4年後の明治34年に鉄道が屋敷のすぐ近くを通ることになり、騒音を嫌って現在の文京区小日向へ移ったという。

 

   徳川慶喜巣鴨屋敷跡   真性寺の地蔵菩薩     芭蕉の句碑

 

    駅の方へ戻って少し行くと左手に真性寺があり、江戸六地蔵のひとつである地蔵菩薩坐像が鎮座しているのが見える。笠を被っているので正面から見ると顔は陰になって見えないが、左横から見ると顔が見えた。参道には芭蕉の『白露も こぼれぬ萩の うねりかな』という句碑が立っている。

 

  巣鴨地蔵通商店街

高岩寺

 

    真性寺の前から国道17号(バイパス)と別れて旧中山道となるが、これが巣鴨地蔵通商店街で、「おばあちゃんの原宿」と呼ばれて、とげぬき地蔵に参拝するお年寄りで賑わう町である。この日は割と閑散としていて、話に聞いたほどの賑わいはなかった。とげぬき地蔵で知られる高岩寺も閑散としていて、自分自身の患部と同じ場所を洗うと病が治ると言われる聖観音(洗い観音)の前も、整然と行列ができるように柵が出来ているが、ここも並ぶことなくお参りが出来た。Kさんは何回もお参りに来られているそうで、観音様を持参のタオルで洗っておられた。これが正しい作法なのだろう。何も知らない観光客は柄杓で水をかけるだけである。

 

    高岩寺から国道17号へ出て、横断歩道を渡ると東京卸売市場・豊島市場がある。主に青果を扱っているという。豊島市場の先を右折して150mほど行くと突き当りが本妙寺である。なかなか立派なお寺で本堂の右手に広い墓地があるが、そこに「遠山の金さん」で親しまれた名奉行・当山金四郎景元、幕末の剣豪・千葉周作、歴代本因坊の墓がある。

 

    本妙寺から再び国道17号に戻り、西巣鴨交差点を左折して明治通りを100mほど行くと旧中山道である。明治通りに面して大正大学がある。昭和の面影が残る旧中山道沿いの商店街をしばらく行くとJR板橋駅に着いた。東口のロータリに面して近藤勇の墓所がある。千葉県流山で新政府軍に捕らえられた近藤勇は板橋で処刑され、首は京へ送られ、胴体はここに埋葬されたという。土方歳三や永倉新八の碑も立っていた。近藤勇の銅像が建っているが、高さが1m弱しかないので、鬼隊長と呼ばれた近藤勇が妙に可愛らしく見えた。

かなり蒸し暑い中を歩いてきて疲れたので、墓所の向かいのカフェで一休みした。

 

    板橋駅からさらに旧中山道を進むとやがて国道17号と斜めに交差する。上には首都高速が走っている。交差点を渡って「ガスト」の手前の細い道を入ると東光寺がある。コンクリート造で一見お寺には見えないモダンな2階建ての本堂があり、左右に墓地がある。右手の墓地の一画に豊臣秀吉の五大老のひとり・宇喜多秀家の墓がある。関ヶ原の戦いで西軍に与したため八丈島に流されて生涯を終えたが明治になって罪を許された。妻・豪姫の実家前田家の援助があったという。

 

    「ガスト」の先に「板橋宿」と書かれたアーチがあり、そこから現代的な賑やかな商店街が始まる。板橋宿の本陣や脇本陣などの旧跡も今はビルに代わっていて、わずかに説明板がたっているだけである。「板橋」の地名の由来となった石神井川にかかる橋も板の橋のように見えてコンクリート製の橋である。「板橋」を越えると商店も少なくなり、日が暮れて暗くなってきた。十字路の角に一本の榎が立っていて、その下に祠がある。この榎は「縁切榎」と言われ、この榎の下を通る男女は不縁になると伝えられている。男女の縁を切りたいときは、この榎の樹皮を煎じて相手に飲ませるとむと願いが叶うという。かなり不穏な願いが書かれた絵馬がかけられていたが、中には「病魔と縁を切りたい」という絵馬もあった。

 

    夕闇が迫って来るとともに雨がポツリポツリと降って来たが、幸い傘をさす必要もなくゴールの板橋本町駅に到着した。地下鉄で巣鴨まで戻り、巣鴨駅前の居酒屋で乾いた喉を潤した。

私たちが居酒屋にいる1時間半ほどに猛烈な雷雨があったらしいが、店を出たときは雨も上がって爽やかな涼風が吹いていた。

 

 

俳句クラブの皆さんから俳句を寄せて頂きました。

 

              旧街道 出迎え顔の 曼珠沙華

      中山道 大仏おわす あきあかね           以上 金子正男

 

秋彼岸新選組の墓碑高し     

本陣跡縁切り榎見て秋思                    以上 松尾良久

 

線香の 煙る地蔵や 曼珠沙華          

黒雲に 追はれ板橋 秋時雨           

散策の 締めは塩焼 秋刀魚かな                 以上 志賀勉

 

参加者  金児利行 金子正男、河合宏則、古賀良郎、小島恕雄夫妻、志賀勉、滑志田隆、

松尾良久、水野聰、梶原松子  以上11名

 

写真と文 小島恕雄